持続可能な社会には地域の力、人創りを〜シャッター商店街から学ぶ

 「駅前の商店街がシャッター通りになっている」

こんな課題を抱えている地域は全国に多数あるはずです。
高齢化、跡継ぎ問題など背景にある課題はとても大きい。

この課題解決に何かしらの糸口を見つけるため
そして未来を創造する目的のフューチャーセッションとして
今回のワークショップは開かれました。

場所は山梨県北杜市清里。
清里駅前の商店街がまさにシャッター街になってしまっているのです。

さてさて、その前に商店街とは何でしょうか?
どのような地域の役割を果たしていたのでしょうか?

遡ること大正時代。
第一次世界大戦の終結とともに不況に。
地方から都市へ人が流れる。

地域の残った人が消費するものが粗悪に。
そこで協同組合を立ち上げる事に。

行政は公設市場設置を、繁華街には百貨店が現れる。
ここで「遊覧の空間」が出来上がり。

これらと対抗する小売商が異業種で連携して「空間的集約」を
図り、横の百貨店を目指した。これが商店街の始まりだそうです。

欲しいものを欲しいだけ、徒歩圏内で賄え
そして人が集う「公共空間」のコミュニティの役目も果たしていたのです。

商店街がいかに重要な役割を果たしていたのかが分かりますね。

では清里駅前に戻りましょう。

清里駅前シャッター

まさに全盛期の清里をご存知の方であれば愕然とするでしょう。
清里駅前の商店街には時を刻む音が絶えていました。

駅前を25名程度で散策し、そして貴重な市民の方々に想いを伺いました。

財団法人キープ協会の桶本さん
萌木の村 取締役社長 舩木さん
清里の森管理公社の清水さん

どのように清里を感じ、地域を考え、日々を送っていらっしゃるのでしょうか。

萌木の村

実際の現地の声を聞いたあとは、参加者の方々と対話をする時間に。

船木さん

既に地域活性、再生などに取り組んでいる方々が多いためか
議論はとても質の高いものになっていました。

そして実際に地域は何を持っているのか?という整理に入ります。
これは課題と思うもの、定着させたほうがいいものという線引きは一切しません。
持ち物ブレストですね。

BMGシート

 BMG風景


そして今回のワークショップのお楽しみ。
実際に地域での活動をされている方々の発表をしていただきました。

今までの抱えている課題を解決できるか!?

国立富士見台人間環境キーステーション(東京都国立市)
おたカフェ(東京都国分寺市)
いがねこ(東京都小金井市)
なつかしい未来創造株式会社(岩手県陸前高田市)
てんころりん村(山梨県笛吹市)

事例を聞いて、いろいろな切り口があることが分かりました。

どんな糸口があれば清里のシャッター商店街に
再び時計の音が聴くことが出来るのでしょうか?

外の人を取り込む工夫、エコビレッジ計画、年代をまたぐ
暮らし方の仕掛け等のプレゼンテーションが行われました。

市民の方にとっての「地域」が更に輝かしいものになりますように。
清里の10年後が楽しみです。

この2日間をラジオ音源として聞くことができます。
こちらからどうぞ。

国立本

いがねこパンフ











WS企画:
財団法人キープ協会
実施団体:マイスタイル小平
       Balancedgrowth
       Life Crearot Laboratory

参考文献:「商店街はなぜ滅びるのか〜社会・政治・経済史から探る再生の道」


景観とは自然とできあがっているもの?

みなさんは自分の住んでいる居住地区の都市計画図
ご覧になったことはありますか?

純粋な地図ではなく都市計画を実行するための
用途地域日陰規制などが色分けで表示されている地図です。

私自身も現在の住まいを構えている国分寺都市計画図を
眺めていますが、実は知らないことも多々あります。

国分寺は緑地、農地が多く、住居専用地域がほぼ8割ほどをしめています。
小さくとも歴史を感じる箇所があちらこちらに位置しており
環境面においても住みやすい街ということで人口は毎年増えている市でもあります。

ただ、歴史を遡ると土地の区画整理が所有している人や施設優先で
考えられ、その上から用途地域の考え方を当てはめたという点から
道路の整備面ではまだまだという感を受けてしまいます。

というように都市計画図を眺めているだけでいろいろな事が見えてくるのです。

その他においては
・高さ制限からみたその地域の景観は?
・商店街などの繁華街においての街の色の使い方は?
・教育施設(保育園、幼稚園、小・中・高校、専門学校、大学)の周辺の環境面は?
・守られるべき湧き水、緑地、農地は本当に守られているのか?
・住居周辺の道路整備など安全、安心に「住まう」ことが出来ているか?
・市全体の音環境は?
等など。

「景観」とは?
「景」眺められる対象であって
「観」眺める人の価値観 となります。

ということは・・・
人によって考える、感じる「観」が違いますね?
少しでもその「観」をすりあわせていくプロセスを踏んでいかなければいけません。

大きな「観」から小さな地域の「観」づくりという流れになれば理想的です。
そして用途地域毎の「観」に違いをつけていくことも必要になってくるはずです。
新しい切り口として「音」「風」「色」こんな分野で考えることも可能ですね。

ここまで考えると景観とは自然に形成されたものではありませんね。
人が創造し続けるものです。
そうです、私達一人一人の手で。
私達一人一人からの「対話」から。

国分寺だけではなく全国の自治体がゆっくりであっても動き出しています。

例えばモータリゼーション(車中心の生活/1970年以降からの動き)から
歩行者空間の復権をとまち全体を設計しているまちも出てきているようです。

これからの少子化で若年層の車離れからもモータリゼーションは
時代に沿っている動きですね。

東京や主要都市においては一家に複数の車を所有、大型車所有というのは
環境面、まちづくりの視点でみても時代に逆行しているかもしれません。
実際イギリスなどでは都市部へ車で入る場合には課金されるシステムがあります。

また縦割りの課ごとに業務を行っていたのが横の連携で
まちづくりの設計などに携わっていくという自治体も出てきているようです。

まちづくりから人創りへ。
破壊に導くのも人間ですが創造させていくのも人です。

あなただったらどちらの対話に参加しますか?

※まちセン・ゼミオープン講座「国分寺市景観まちづくりフォーラム」において
 都市計画課の方々
 NPO法人まちづくりサポート国分寺の方
 早稲田大学教授 佐々木葉先生
 スピーチの内容から参考にさせていただきました。

【情報まで】
 人間の「音」を聴き取る力が弱まっていると感じます。
 小さな日常の音も全て「騒音」と遮断しつつある社会でいいのでしょうか?
 まちづくり、ひとづくりにとても結びつく音について。

 
「世界の調律」〜サウンドスケープとはなにか?〜」より以下抜粋

 ◆騒音とは?◆

 騒音公害は人間が音を注意深く聴かなかった時に生じる。
 騒音とはわれわれがないがしろにするようになった音である。
 騒音規制によって対処されているがこれは消極的なアプローチ。


 環境音響学を積極的な研究プログラムにする道を探らなければならない。
 どの音を残し、どの音を広め、どの音を増やしたいのか?
 これがわかれば退屈な音や破壊的な音の正体もはっきりしてくる。
 それらを排除しなければならない理由も明らか。


 サウンドスケープ研究の本領はさしずめ科学、社会、芸術の三者の
 中間地帯ということになろう。


あるべき姿の創造を〜どのような暮らしがしたいですか?

 「これから先のために今何をしなければいけないのか?
または何をしてはいけないのか?」


どのような場所でも沢山の人々からの声として
耳にするようになった問いです。


組織においても必ず出てくるポイントです。
また文化が違う企業が合併後には突出し
大きく立ちはだかって簡単に崩れない壁でもあります。


では社会的な視点で更に俯瞰した場合、私たちが毎日を
過ごしている「まち」にも当てはまる事にお気づきでしょうか?


「まち」は自然発生したものではないため創造し続ける対象物です。
時代と共に「まち」を取り巻く風景、自然、施設等変化してきているはずです。
では創造し続けるためには?


「まち」のあるべき姿を描くことが大切になってきます。


あるべき姿には
*しなければいけない事、やらない事を明確に
そして
*その「まち」の優位特性を伸ばす
という点も加味していかなければいけません。
いわゆる「まちのコンセプト」が必要になってくるのです。


東京の西に位置する緑豊かな国分寺市
「まちづくり」ワークショップが開かれました。


*国分寺を知る(なんと東京都のおへそに位置しているそうです)
*都市マスタープラン(20年後の将来像)
*都市計画を学ぶ


などの学びの次に
仮想の「まちづくり」を体験するワークショップが実施されました。
模造紙大に描かれている道路、緑地、農地以外を創造していくワークです。


まずは「どのようなくらしがしたいか?」を考えなければいけません。
この部分が「まちのコンセプト」になります。


どうしても、どのような施設が必要なのか?
そのためのハード面の環境はどのようにするべきか?
という対処療法的な思考が働きます。
それでは根底にある課題や問題等の解決にはならないのです。


国分寺市であれば例えば「緑豊かで歴史を感じる〜」等の
他市や他県、海外にアピールする際に
伝える文言でもあるかもしれません。


実際に1チーム10名程度の3チームで実践してみました。
結果、当たり前な事ですが全く違う3つの「まち」が
出来上がっていました。


そこに至るプロセスも全く違います。
それではそもそもの「まち」の概念が一致しているのか?
というと不透明のままいろいろな「まち」が浮遊しているのです。


その浮遊している「まち」達は幾重にも及ぶ対話から
一つのイメージを創りだすために寄り添い、離れを
繰り返しているかもしれません。


ただ、短い時間で「まち」のイメージを描き
紡ぎだしていく事は容易ではありません。


コツコツと小さな進化を年輪のように刻みながら
変化を自分達の目で見届けていきたいものです。
そしてその意識を次の世代に繋げていく作業を
途絶えさせないように努力する事も私達の仕事かもしれません。


一歩一歩、がんばれ、国分寺!


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