海の世界と野の世界

 先日久々に都内のホテルのラウンジで商談終了と思われる
ビジネスマンらしき複数の男性たちが握手を交わしていました。


もっと日本人は握手をしてもいいのではないでしょうか。
日本はもともと「ハグ文化」は薄く、初対面でそれを
行おうとすると何かしらの戸惑いが巻き起こるのが一般的。


握手をするということは「融合」の始めの一歩?ではないでしょうか?


では握手をしてこなったのか?
そんなことはありませんね。
始めの一歩からが複雑に入り組んでいて・・・。


歴史を遡れば文化には必ず「融合」というフェーズが
必ず現れてきています。


例えばインドネシアも然りです。


もともと土着している基層文化。
その上にさまざまな形で重層的に積み重なり受容され。
それが地域に拡散し、複雑で多様な文化変容を起していく
といったこんな一連の流れが見えてきます。


Adama datang dari laut
〜文化は海からやってくる〜
ジャワ人は昔からこのように文化を表現してきたようです。


この言葉からも感じ取れますが
多種多様な民族で形成されている中で
バティックという民族文化に関わる分野においても
「融合」を図らなければいけないフェーズを向かえていたようです。


大きく2つ。
「海の世界」と「野の世界」。


海は外国文化、野は伝統文化、古典を意味しています。
身分制度の有り無し、価値基準が明確か否か
タブーとしている領域が広域なのか否か
どちらが天でどちらが地なのか。


ではバティックの世界は今でも分断し続けているのか?
そんなことはありません。


いかに「野の世界」に「海の世界」を乗せるか。
いかに元来の意味を消さずに
伝統を薄めて一つにしていくのか。


王宮はその天と地を繋ぐ「木」の役割の立役者を
2つの世界に放って、融合の道に誘ったそうです。


その立役者の中の1人の女性、ジャワ島の才女と言われている
カルティニが放った言葉は


「サヤ(私)の発見をしなければ文化は築かれない」


あなたの将来は?
あなたは何をしたいの? 
と、自我に目覚めることが大切だと。


文化を築くのは一人ひとりなんだよと。


今、自分は「野の世界」にいますか?「海の世界」?
それとも繋ぐ「木」なのかな?