景観とは自然とできあがっているもの?

みなさんは自分の住んでいる居住地区の都市計画図
ご覧になったことはありますか?

純粋な地図ではなく都市計画を実行するための
用途地域日陰規制などが色分けで表示されている地図です。

私自身も現在の住まいを構えている国分寺都市計画図を
眺めていますが、実は知らないことも多々あります。

国分寺は緑地、農地が多く、住居専用地域がほぼ8割ほどをしめています。
小さくとも歴史を感じる箇所があちらこちらに位置しており
環境面においても住みやすい街ということで人口は毎年増えている市でもあります。

ただ、歴史を遡ると土地の区画整理が所有している人や施設優先で
考えられ、その上から用途地域の考え方を当てはめたという点から
道路の整備面ではまだまだという感を受けてしまいます。

というように都市計画図を眺めているだけでいろいろな事が見えてくるのです。

その他においては
・高さ制限からみたその地域の景観は?
・商店街などの繁華街においての街の色の使い方は?
・教育施設(保育園、幼稚園、小・中・高校、専門学校、大学)の周辺の環境面は?
・守られるべき湧き水、緑地、農地は本当に守られているのか?
・住居周辺の道路整備など安全、安心に「住まう」ことが出来ているか?
・市全体の音環境は?
等など。

「景観」とは?
「景」眺められる対象であって
「観」眺める人の価値観 となります。

ということは・・・
人によって考える、感じる「観」が違いますね?
少しでもその「観」をすりあわせていくプロセスを踏んでいかなければいけません。

大きな「観」から小さな地域の「観」づくりという流れになれば理想的です。
そして用途地域毎の「観」に違いをつけていくことも必要になってくるはずです。
新しい切り口として「音」「風」「色」こんな分野で考えることも可能ですね。

ここまで考えると景観とは自然に形成されたものではありませんね。
人が創造し続けるものです。
そうです、私達一人一人の手で。
私達一人一人からの「対話」から。

国分寺だけではなく全国の自治体がゆっくりであっても動き出しています。

例えばモータリゼーション(車中心の生活/1970年以降からの動き)から
歩行者空間の復権をとまち全体を設計しているまちも出てきているようです。

これからの少子化で若年層の車離れからもモータリゼーションは
時代に沿っている動きですね。

東京や主要都市においては一家に複数の車を所有、大型車所有というのは
環境面、まちづくりの視点でみても時代に逆行しているかもしれません。
実際イギリスなどでは都市部へ車で入る場合には課金されるシステムがあります。

また縦割りの課ごとに業務を行っていたのが横の連携で
まちづくりの設計などに携わっていくという自治体も出てきているようです。

まちづくりから人創りへ。
破壊に導くのも人間ですが創造させていくのも人です。

あなただったらどちらの対話に参加しますか?

※まちセン・ゼミオープン講座「国分寺市景観まちづくりフォーラム」において
 都市計画課の方々
 NPO法人まちづくりサポート国分寺の方
 早稲田大学教授 佐々木葉先生
 スピーチの内容から参考にさせていただきました。

【情報まで】
 人間の「音」を聴き取る力が弱まっていると感じます。
 小さな日常の音も全て「騒音」と遮断しつつある社会でいいのでしょうか?
 まちづくり、ひとづくりにとても結びつく音について。

 
「世界の調律」〜サウンドスケープとはなにか?〜」より以下抜粋

 ◆騒音とは?◆

 騒音公害は人間が音を注意深く聴かなかった時に生じる。
 騒音とはわれわれがないがしろにするようになった音である。
 騒音規制によって対処されているがこれは消極的なアプローチ。


 環境音響学を積極的な研究プログラムにする道を探らなければならない。
 どの音を残し、どの音を広め、どの音を増やしたいのか?
 これがわかれば退屈な音や破壊的な音の正体もはっきりしてくる。
 それらを排除しなければならない理由も明らか。


 サウンドスケープ研究の本領はさしずめ科学、社会、芸術の三者の
 中間地帯ということになろう。