周りの「対」見えますか?

分断、分裂、水と油、対立、



この言葉を聞いて何を感じますか?
2つもしくは複数の混在している局をイメージされる方が多いかと思います。



自分という軸から見るとき必ずや自分の世界観という
枠を通してみているはずです。



ただ、皆同じ世界観を持っているかというと違うのです。
その世界観を本当に理解することはできないのでしょうか。
無意識のものを意識化させることがプロセスとして
見えてくると実は世界観を共有することができるはずなのです。



禅の極意は一体になることだそうです。
複数の人間が一体となって動く「一如(いちにょ)」です。



この一如・一体って?
地域であれば学校、病院などの集合体や
社会であれば企業、自治体などの組織体



もっともっと掘り下げると
提供したいサービスと自分
販売したい商品と自分
促したい気づきと自分
変化に伴う思考と自分 
自分と自分        などなど



簡単そうですがこれは難しいですね。



先日ある小売販売会社に訪問しました。
新しい新規事業のお話とのこと。
面白い切り口かもしれないと楽しみにしていきました。



が・・・正直何も伝わってきませんでした。
何をしたいのか、社会に何を訴求したいのか
なによりも販売したい商品とその方が一如になっていません。



ざっくり言えば魅力を感じないのです。

物売りから脱却したいといった矢先に
物だけが1人歩きしていました。


そして致命的なことは
現場と商品も一如になっていませんでした。
憶測と過去の経験値で紙の上だけの仮想・願望ビジネスが
ゆらゆらと浮遊していました。


これではビジネスパートナーとしての一如になるための
構築も絶対的に難しいのです。



周りを見回すと・・・。
沢山の「対」があちらこちらで顔を覗かしています。



創造していい「対」と消し去らないといけない「対」皆さんには見えますか?



あ〜それにしてもつまらない打ち合わせだった・・・(笑)